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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)5244号 判決

原告 仙波正二

被告 日本電信電話公社

訴訟代理人 水野祐一 外五名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

訴外藤井宏が被告公社の大阪天王寺地区電話局厚生課厚生主任の地位にあつたこと及びその間、右訴外人が同電話局及びその所属分局の職員に家庭用品のあつせんを行い、職員が特定業者から家庭用品を購入した場合に、その資料を給与事務担当者に連絡する事務を掌つていたことは当事者間に争いがない。

ところで、証人藤井宏の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第一ないし第七号証、同証人の第二回証言により真正に成立したものと認められる同第一三号証の一ないし三五、成立に争のない乙第一、第二号証と証人藤井宏の証言(第一二回)、同仙波良子の証言の一部、原告仙波、同酒井、被告中平各本人尋問の結果の一部並びに弁論の全趣旨を綜合すると、訴外藤井宏は昭和二七年一一月一日から昭和三〇年九月一二日までの間前記の如く厚生課厚生主任として、同月一三日から昭和三一年四月二二日まで同課保健主任として、同月二三日から昭和三二年一月二〇日までは同局庶務課局舎主任として被告公社大阪天王寺地区電話局に勤務していたものであるが、自己の用途に費消する目的を以て、(一)昭和三〇年六月頃から昭和三一年七月頃までの間四回に、予てから知合いの原告仙波に対し原告主張の如き虚言をろうし、且つ月五分の割合の利息を支払うから是非金員を貸与してもらいたい旨申し向け、同原告から合計金九四、五万円の交付を受けてこれを騙取し、同人に同額の損害を与えたこと、(二)、また昭和三一年二月一〇日頃と同年七月末日頃の二回に、予てから知合いの、原告酒井に対し前同様の虚言をろうし、且つ月六分の割合による利息を支払う旨申し向け、同人をその旨誤信させて合計金三九万円を交付させて、同人に同額の損害を与えたことが認められ、他に右認定を覆すに足る確証はない(もつとも、原告等は原告仙波は合計金一六五万円、原告酒井は合計四七万円の損害を蒙つた旨主張するが、前記認定の金額を超過する部分はいずれも日五分ないし六分の割合による利息を附加した金額であること証人藤井宏の証言(第一回)、原告両名各本人尋問の結果により明らふであるところ、かかる金員は訴外藤井宏の前記不法行為により原告等が蒙つた損害と解するに由ないものである)。

ところで、原告等は右藤井の不法行為によつて蒙つた損害は、被告公社の業務の執行につき加えられた損害である旨主張するので、以下この点について判断するに、前記認定事実のもとにおいては、藤井宏は自己の用途に使用する目的を以て(その騙取金の一部が被告公社の事業の執行につき費消されたか否かはしばらくおき)原告等から前記金員を借受けたものであるが、その当事者間において藤井宏個人が借主名義人となつたものではなく、被告公社がその名義人となつたものと解するを相当とすべく、右消費貸借は藤井宏の心裡はともかくとして、外形上は原告等と被告公社間になされたものというべきであるから、右消費貸借が外形上も右藤井宏と原告等間になされたものであることを前提とする被告等の主張は到底これを採用するに由ないところである。そこで右藤井が被告公社名を用いてなした前記欺罔行為が被告公社の事業の執行につきなされたものであるか否かについて考えるのに、前記乙第二号証と証人藤井宏の証言(第一、二回)、被告中平本人尋問の結果の一部並びに弁論の全趣旨を綜合すると、被告公社は公衆電気通信業務及びこれに附帯する業務等を事業の目的とする公共企業体であり、右業務を円滑に遂行するため、職員の福利厚生をも図つており、地区電話局には厚生課を設け、所定の業務を分掌させているところ、その分課規程によると、厚生課においては厚生福利施設の管理運営(同規程第二八条第八号)及び福利厚生施設(その運営に社外の者による役務の提供又は物品の販売を伴うものに限る)の運営に関する契約を締結すること(同条第一二号の二)等が行われることになつており、被告公社において直接に職員の日用品、洋服等の生活必需物資を購入し、これを職員に販売したりするようなことについては特にその規定がないのであるが、被告公社大阪天王寺地区電話局厚生課厚生係においては、同地区内(分局を含む)電話局における福利厚生のため、職員に対する物資の斡旋をして職員が業者から買受けた買受代金を集金し、これを業者に支払い、或はあるものについては便宜これを業者から購入し、職員に販売していたのであるが、藤井宏も厚生主任として、その衝に当り、職員から集金した金員の保管並びに業者への代金支払の便宜のため、昭和二九年二月頃から三菱銀行上六支店に天王寺地区電話局厚生課藤井宏名義の口座を設け、同名義の小切手を振出し、その支払に充てていたが(昭和三〇年頃からは、大和銀行上六支店に同名義の口座を設け、前同様小切手を振出し、その支払に充てていた)、厚生課長においても事実上これを黙認し、少くとも右藤井の事務取扱いに関する限り、相当期間右慣行が行われてきたことが認められ、右認定に反する証人藤井宏、被告中平本人の供述は前顕各証拠に照し措信し難く、他に右認定を覆するに足る確証はない。右認定事実によると、右厚生課においては、公社の業務上必要な物資の購入等に関する第三者との取引はとにかく、福利厚生に関する事柄については職員に対する生活必需物資の斡旋は勿論、一部分についてではあるが、その購入の掌にもあたつていたことが明らかであり、その代金支払のため、天王寺地区電話局厚生課係長藤井宏なる名義の小切手手を振出すことも便宜上黙認せられていたのであるから、右藤井の分担していた職務の範囲は前記分課規程に拘らず、外形上、右認定の範囲においても亦これを有するものと解するのを相当とするが、右厚生課において、月五分ないし六分という高利を以て金員を借受けるが如きことが、その職務に属していたことを認めるに足る証拠はないのみならず、かかる金員の借受けが、それに如何なる理由があるにせよ、前記藤井の職務遂行のために用いられる正常な手段であるとは到底解せられず、これを外形上、客観的に判断しても到底右藤井の職務の範囲に属するものと解するに由ないものといわねばならない。

そうすると、右藤井の不法行為は爾余の争点につき判断をなすまでもなく、被告公社の業務の執行につきなされたものでないというべきであるから、これあることを前提とする原告等の本訴請求は爾余の判断をまつまでもなく失当といわねばならない。

よつて、原告等の請求はすべて失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大野千里)

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